「文化の違い」と聞くと、少し身構えてしまうことがあります。国民性、価値観、マナー、宗教、歴史…。もちろんそれらは大切な要素ですが、話が大きくなりすぎて、結局「結論がよくわからない」「難しい」と感じる人も多いのではないでしょうか。
私自身、外国人の方と関わる仕事をしていて、「文化の違い」という言葉が便利に使われすぎている場面を何度も見てきました。たとえば職場でのすれ違いが起きたときに、「文化が違うから仕方ないね」で終わってしまう。確かに間違いではないのですが、それだけで片づけてしまうと、次の一歩が見えなくなります。
そんな時、私は最近「文化の違い」をもっとシンプルに捉える考え方があるのではないかと思うようになりました。それが、文化の違い=スイッチの入れ方の違いという見方です。
日本人も「スイッチ」が入ると話せる
日本人は「意見を言うのが苦手」とよく言われます。会議で沈黙が続いたり、発言が少なかったりする場面は、確かに多いかもしれません。
でも、それは「日本人は意見がない」という意味ではありません。実際には意見があっても、言い方に迷ったり、場の空気を読みすぎたりして、タイミングを失っていることが多いのです。
ところが、面白いことに「個別指名」されると話せる人が増えます。「田中さんはどう思いますか?」と名前を呼ばれた瞬間に、スッと話し始める。これは日本語教育の現場でも、企業研修でも、よく見られる光景です。
つまり、発言が苦手なのではなく、発言するためのスイッチが入る条件が必要なのです。
国や文化によって「力が出る条件」が違う
この「スイッチ」という考え方は、日本人に限りません。国や文化、育った環境によって、人が力を出しやすい条件は違います。
ある国の人は、自由に意見を言える「ディスカッション形式」のほうが活発になるかもしれません。別の国の人は、まずは関係性を作ってからでないと本音を出しにくいかもしれません。ある人は「全体の前」では緊張してしまうけれど、「少人数」なら生き生きと話せるかもしれません。
ここで大切なのは、どちらが正しい・間違っているという話ではなく、それぞれが持っているスイッチの種類が違うということです。そしてこの視点を持つだけで、相手の行動が少し違って見えてきます。「この人は消極的だ」ではなく、「この人のスイッチが入る条件は、まだ整っていないのかもしれない」「スイッチが入る状況を作ってみたらどうだろうか」、そう思えるだけで、関係性の作り方や声のかけ方が変わっていきます。
これは国毎のスイッチの一例です。難しく考えていた文化の違いが、少し身近で実行可能なものに見えてきませんか?
「笑いのスイッチ」も国によって違う
最近私が面白いなと思ったのは、笑いのスイッチも国によって違うということです。一般的に笑いは「楽しい」「うれしい」「感動した」などその人の心にポジティブな変化が起きた時に発生します。
日本では、お互いに共有できることが見つかると、自然に笑いが起こることがあります。「あ、それわかる」「同じだね」という安心感が、ふっと場を和らげる。
一方イギリスでは、笑いのきっかけがもう少しはっきりしていて、ユーモアやジョークが笑いを生む印象があります。言葉遊びや少しひねった表現など、会話のセンスが笑いにつながることが多い。
そしてアメリカでは、少し大げさなくらいの賞賛が笑顔を生み出す場面をよく見かけます。「最高!」「すごい!」という明るい反応が、空気を一気に温めてくれる。
こんなふうに、笑いのツボは国によって違います。だから笑いが起きないからといって「相性が悪い」「距離がある」と決めつける必要はありません。単に、押されるスイッチが違うだけかもしれないのです。
でも、本当に大切なのは「相手のスイッチ」より「自分のスイッチ」
ここまで読むと、「じゃあ相手のスイッチを探せばいいんですね」と思うかもしれません。もちろんそれも大事です。相手が力を発揮できる環境を整えることは、チーム作りでも教育でも欠かせません。しかし、私がいちばん大切だと思っているのは、実はそこではありません。
本当に大切なのは、自分自身のスイッチを知ることです。
そのスイッチには 「日本人として共有されやすいスイッチ」 と、「個人としてのスイッチ」 の両方があります。
たとえば「個別指名されると話しやすい」「空気を読みながら発言のタイミングを探す」といった傾向は、日本人のコミュニケーションの特徴として語られることがあります。確かに、そうした“日本人としてのスイッチ”は存在します。
さらに理解が深まると、同じ日本人でもスイッチは人によって違うことがわかってきます。大勢の前でもどんどん話せる人もいれば、少人数の方が落ち着く人もいる。準備してから話したい人もいれば、即興の方が得意な人もいる。「褒められると伸びる」人もいれば、「静かに見守られる方が力を出せる」人もいます。
文化間の違いを学ぶことは、相手を理解するための学びであると同時に、最終的には自分を知ることにつながっていく。私はそこにこそ、この分野を学ぶ面白さと意義があると感じています。
自分のスイッチを押せる人は強い
個人のスイッチにはたとえば、こんなものがあります。
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誰かと約束すると頑張れる
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締め切りがあると集中できる
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小さく始めると行動できる
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まず情報を集めると安心して動ける
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応援してくれる人がいると力が出る
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一人で静かな環境だと集中できる
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逆に、周りに人がいるほうがサボらない
どれも「性格」や「文化」と言えばそれまでですが、実際にはスイッチの違いです。そして、自分のスイッチがわかっている人は、強いです。なぜなら「その状況を自分で作れる」からです。やる気が出ないなら、誰かと約束を入れる。集中できないなら、場所を変える。緊張するなら、最初は少人数から始める。怖いなら、まず小さく試す。つまり、スイッチが押されるのを待つのではなく、自分で押しにいけるようになります。それが「自律的に動く」という事につながるのではないかと思います。
最後に
文化の違いを「スイッチの入れ方の違い」と考えると、少し気持ちが軽くなります。相手を「変えよう」とするのではなく、「条件を整えよう」と思えるからです。そして何より、相手に対してだけでなく、自分に対しても優しくなれます。「できない自分」を責めるより、「スイッチが入る方法を探そう」と考えられるようになるからです。
相手のスイッチを尊重しつつ、自分のスイッチを知り、必要なら自分でその状況を作り出す。それができた時、文化の違いは「壁」ではなく「発見する楽しみ」に変わっていく気がしています。