シルクロードから考える、多文化協働のかたち
私がシルクロードに興味を持ったきっかけ
最近、私はシルクロードについて調べています。きっかけは、仕事の必要性からというよりも、もっと個人的な関心からでした。私は以前から日本画家の 平山郁夫が好きで、作品を通して描かれるシルクロードの世界に強く心を惹かれてきました。これまでに何度か 平山郁夫の美術館(山梨の平山郁夫シルクロード美術館、広島の平山郁夫美術館)に足を運び、砂漠を行き交う人々や、国と国を結ぶその距離の長さに圧倒され「ここでは一体、どれほど多くの人が、どれほど違う背景を背負いながら出会ってきたのだろう」と考えずにはいられませんでした。その感覚が、外国人と日本人が協働する現場に立ち会う今の自分の仕事と、少しずつ重なり始めていったのです。
シルクロードとは何か
ここで、シルクロードについて簡単に説明しておきたいと思います。シルクロードは、特定の一時代を指す言葉ではありません。およそ紀元前2世紀から15世紀頃まで、時代ごとに姿を変えながら続いた、非常に長い歴史を持つ交流ネットワークです。中国から中央アジア、西アジア、さらに地中海世界へと広がっていきました。「道」という名前がついていますが、実際には一本の道ではなく、無数のルートが重なり合うネットワークでした。そこを行き交ったのは、絹や香辛料といった物資だけではありません。人、技術、宗教、思想、生活文化そのものが移動し、交わっていきました。国籍も民族も宗教も異なる人々が、同じ空間に身を置き、関係を結びながら経済活動を続けていました。
異文化の交流と交易はなぜ繁栄を生んだのか
私がシルクロードにこれほど強く惹かれる理由は、異文化の交流と交易が、結果として「関わったそれぞれの地域に利益と繁栄をもたらした」という点にあります。どちらか一方が得をして、もう一方が損をする関係ではありませんでした。交易が成立することで都市が栄え、技術が伝わり、文化が厚みを増していく。その循環が、2000年以上という時間、途切れることなく続いてきたのです。この歴史を見ると、外国人がいるから難しい、文化が違うから無理、という発想自体が、歴史的にはむしろ例外だと分かります。
私は今、「なぜそれが可能だったのか」「なぜ異なる人々が、衝突しながらも協働し続けることができたのか」という問いに、強く惹かれています。それは、外国人雇用や多文化協働がうまくいかずに悩む現代の現場とつながる問いだと感じているからです。重要なのは、シルクロードがどこか一国に支配された仕組みではなかったという点です。
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国境を越える
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宗教を越える
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言語を越える
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価値観が違うまま関わる
それでも成立したのは、
「違いを埋める」ことに重点を置いたのではなく、「共通のゴール」を持って協働に集中した結果だったからではないかと思っています。
外国人と共同した経験
この問いは、私自身が外国人メンバーと共同で参加した WBS Go-to-Market Business Plan Contest を通して、はっきりとした実感へと変わりました。2025年9月から12月にかけて、言語も考え方も異なるメンバーと一つのビジネスプランを作り上げるプロジェクトに取り組みました。その過程は、決して楽なものではありませんでした。むしろ、互いに「分かり合おう」とすればするほど、議論が停滞し、前に進まなくなる場面も多くありました。しかし、途中から役割を明確にし、それぞれが担う機能と責任に集中するようになった途端、プロジェクトは驚くほど動き始めました。完璧な相互理解がなくても、成果は出せる。むしろ理解し合えなかったからこそ残った「違い」が自分たちのプロジェクトを「唯一無二」のものにしたと感じています。その感覚は、私が感じてきたシルクロードでの協働の姿と重なりました。結果として、このコンテストでは優勝することができましたが、その結果が、「共通のゴールに向かって役割に集中する」という協働のスタイルが有効であることを証明してくれたように感じています。
違いを埋めるのではなく橋をかけるという発想
そしてもう一つ、シルクロードから私が学んだ大きなことは「違いを埋めるのではなく、橋をかける」という発想です。シルクロードの時代、行商たちは文化や価値観の違いをなくそうとはしませんでした。相手を変えようともしなかった。その代わりに、通訳や仲介、調整といった役割を通して、違いの上に橋をかけ、機能する関係を作っていたのです。この姿勢は、現代の日本企業や大学、自治体が外国人を受け入れる際にも、そのまま応用できると私は思っています。外国人と働くことが難しいのではありません。難しくしているのは、「分かり合うこと」を前提にしてしまう私たちの設計なのかもしれません。違いを埋めるのではなく、橋をかけるという視点を持つことで、外国人雇用や多文化協働は、もっと現実的で、持続可能なものになるのではないかと思っています。
終わりに
シルクロードを調べる中で私が強く感じているのは、異なる人々が協働できた理由は「分かり合えたから」ではなく、共通のゴールに向かい、違いを前提に役割を果たしていたからだということです。文化や価値観の違いを埋めようとするのではなく、その上に橋をかける。その姿勢は、現代の外国人雇用や多文化協働にもそのまま通じるものだと思います。私は今、まだまだ勉強中ですが、シルクロードという過去の協働モデルを手がかりに、違いを力に変える働き方の可能性を探り続けていきたいと思います。

