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【ブログ】私が今もJLPTを教え続ける理由――学習者・日本語教師・キャリアコンサルタントの視点から

 

JLPTのN2・N1は「実力を試すだけのテスト」ではない

日本語能力試験(JLPT)のN2やN1は、学習者にとって単なる語学力の確認ではありません。大学進学や就職、高度人材制度など、人生の次のステップに直結する「資格」としての重みを持っています。しかし、実際には指導する日本語教師がその意味を正しく理解していない場合が多いと感じています。その意味を正しく理解している教師と、「今の実力を見る試験」だと考えている教師とでは、教え方や授業向かう姿勢がまったく異なってきます。学習者を本気で合格へ導くためには、「JLPTが人生やキャリアに与える意味」まで理解して教えること 、そして学習者以上にその研究をすることが欠かせません。

JLPTが社会で果たしている役割

JLPTは今や世界90以上の国と地域で実施され、年間およそ30万人が受験しています。その中で特にN2・N1は、次のような場面で「資格」として扱われています。

・大学進学
日本の国公立大学の約7割が、出願条件に「JLPT N2合格」を含めています(文科省2022調査)。

外国人留学生の入学者選抜に当たっては、「令和7年度大学入学者選抜実施要項について(通知)」(令和6年6月5日付け高等教育局長通知)において、「真に修学を目的とし、その目的を達するための十分な能力・意欲・適性等を有しているかを適切に判定すること」をお願いしています。 特に、日本語等の必要な能力の基準(日本語で授業を行う場合、日本語能力試験N2レベル相当以上が目安)を明確化し、適正な水準を維持することが重要です。

文部科学省  外国人留学生の適切な受入れ及び在籍管理の徹底等について(通知)

▶ 出典:文部科学省

  • 企業就職
    厚生労働省の調査によると、外国人材を採用する企業の約6割が日本語力の基準としてJLPTを利用しています。N2以上を条件にする企業が多く、N1はより専門的な職務を担える証明と見なされます。
    ▶ 出典:https://www.adecco.com/ja-jp/client/useful/tokuteiginou-info/column/what-are-the-levels-of-JLPT?utm_source=chatgpt.com

  • 在留資格(高度人材ポイント制度)
    出入国在留管理庁が定める高度人材ポイント制度では、N1合格者に15ポイント、N2合格者に10ポイントが加算されます。これは、在留資格の優遇や永住権申請で大きな意味を持ちます。
    ▶ 出典:高度人材ポイント制とは?https://www.moj.go.jp/isa/applications/resources/newimmiact_3_system_index.html

  • 在留資格(特定活動46号)
    2019年に新設された「特定活動46号」は、日本の大学や大学院を卒業した留学生に、日本語を使う業務での就職を広く認める制度です。その基準として「JLPT N1」または「BJT 480点以上」が明記されており、学習者にとってはキャリアの選択肢を広げる大きな制度です。
    ▶ 出典:留学生の就職支援に係る「特定活動」についてのガイドラインhttps://www.moj.go.jp/isa/applications/resources/nyuukokukanri07_00038.html

こうして見てみると、JLPTはただの日本語テストではなく、社会制度にもしっかり組み込まれていることがわかります。

これらの多くが留学生や外国人労働者「個人キャリア」に直結しているのは明確です。そしてその重要性を一番わかっているのは、学習者自身にほかなりません。しかしながら、留学生を対象とする教育機関では「個人のキャリア」は重要視されない傾向があります。一つには個人の悩みを聞くことを専門とするカウンセラーなどが常駐していないこと、また、いたとしても日本語教育とキャリアの両方の専門性を持った人が多くないことです。また、学習者にもっとも近い存在であるはずの日本語教師も、授業以外の接点が少ないことが多く、学生一人一人の内面まで見ることはできません。そこには、「一人の学生を特別扱いしてはいけない」という学校の方針も関係あるのかもしれません。

私自身の経験から

ここで少し、私の話をさせてください。

二十数年前、私は会社員を辞めてイギリスの大学院に留学することを決意しました。その時、目の前に立ちはだかったのがIELTSという英語試験でした。求められていたのは、CEFRで言うとB2レベル、JLPTで言うとN2レベルくらいでした。

当時は入社3年目で激務の合間を縫って勉強していましたが、勉強にとれる時間は長くても1日1~2時間。2回挑戦してもスコアは届かず、夢が夢のまま終わってしまうのではないかと、怖くて眠れない日もありました。締め切り前の最後の試験、これで最後にしようと思って、1か月半、それまでのやり方を大きく転換して、必要のないことを全部削ぎ落として問題分析に集中するという賭けに出ました。極限の状況で必死にしがみつき、合格点をもぎ取り、大学院への切符を手にすることができたのです。人生で1番苦しかった出来事の一つです。

その一枚の合格証がなければ、私は今、語学教師として外国人と関わる人生を歩んでいなかったかもしれません。試験はまさに「未来へのドアを開く鍵」でした。

振り返ると、もしあの時、正しい勉強の仕方を教えてくれる教師、苦しい時に励ましてくれる教師がそばにいてくれたらどんなに心強かっただろうと思います。この体験は、今の私の指導の原点にもなっています

学習者とN1合格後の転職

さらに、社会人向けの日本語学校や、個人のJLPT講座で多くのN1受験者を担当した経験も、私にJLPTの重みを気付かせてくれました。彼らはN1に合格した直後に、次々と転職を決めていきました。最初は「合格して勢いづいて転職するのかな?」と思ったのですが、実際は違いました。

「N1がなかったから、転職できなかった」 のです。

もちろんN2を受け入れる企業はたくさんあります。でも、彼らが望んでいたのはもっと責任のある仕事や専門的な仕事であり、そこにはN1が必要でした。N1は彼らにとって「キャリアアップの切符」だったのです。

「1点でも多く」を支えるのが教師の役割

特にN1は、余裕で合格できる人はほんの一握りです。多くの学習者にとっては、地を這うように1点でも多く積み重ねる泥臭い努力 が必要です。実際、私が教えた学習者で合格した人は、合格点ジャストの人も多くいて、この「1点」が重要であることを教えてくれました。

そのときに大切なのは、「学習者にとって試験に合格する意味」を理解して支える教師の存在です。教師がその重みをわかっていなければ、指導は甘くなり、学習者を本気で合格へ導くことはできません。

私は今も教師研修で「JLPTの教え方講座」を担当していますが、そこでいつも強調しているのは次のことです。

  • JLPTはただのテストではなく「資格」であり、合格は学習者のキャリアに直結すること

  • 「1点でも多く取る実践的な指導(とその知識)」が必要であること

  • 合格を絶対のゴールにして、そこから逆算した教え方にすること

  • 教師が学習者以上に知識を身に着け、常に学び続けること

  • 自らが進んでモデルになり、学習者を励まし、ゴールに導くこと

おわりに

JLPTのN2やN1は、学習者にとってただのテストではありません。未来を開く鍵であることを理解し、支えていくことこそ、教師に求められる大切な役割だと思います。そして、最後まで粘り強く伴走すること。それが、私が教師として、またキャリア支援者として果たしたい役割です。