Aさん(外国人):「今の会社、もう辞めたいんです。でも、どうしたらいいか分からなくて……」
Bさん(キャリアカウンセラー):「辞めた後、何をしたいんですか?」
Aさん:「日本で起業したいんです。でも、ビザの問題とか、日本語とか、人脈とか……もう無理かもって思っちゃって。」
Bさん:「なるほど。じゃあ、一緒に整理してみましょう。」
こんな風に、外国人の方が悩みを相談しに来ることがよくあります。彼らが直面しているのは、日本人には見えない「壁」です。日本で働く外国人が直面する「壁」は、一見すると単なる課題のように見えます。しかし、その多くは目に見えず、本人ですら気づかないまま行動を制限してしまうものです。外国人支援を行うキャリアカウンセラーの役割は、そうした「壁」の存在を認識させ、乗り越えるための道筋を示し、勇気づけることにあります。
外国人が直面する「見えない壁」
外国人が日本で生活し、キャリアを築く際に直面する壁には、主に次のようなものがあります。
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言語の壁:仕事を進める上で、日本語の専門用語や敬語を理解するだけでなく、書類の内容を正確に把握し、関係者と適切に意思疎通を図ることが求められ、これが大きなハードルになることもある。
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文化の壁:価値観や習慣、常識など、自分にとって当たり前だったことが通用しない場面もあり、それを理解し適応することは容易ではない。
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制度の壁:就労ビザの取得や更新、起業の際の法的手続きなど、外国人にとっては複雑で分かりにくい。ここには言語の壁も関係している。
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心の壁:日本人に遠慮してしまったり、周囲からの差別的な行為や無理解なども「外国人だから仕方がない」と、状況の改善をあきらめてしまう心理的な壁。
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アイデンティティの壁:日本に適応する過程で、自国の価値観と日本の文化の間で自分のアイデンティティに迷いを感じることがある。
*この分類については、『いっしょに考える難民の支援――日本に暮らす「隣人」と出会う』著:森 恭子ほかを参照しています。
これらの壁は、本人が知らず知らずのうちに行動を制約し、「どうせ成功しない」と諦めるきっかけになってしまいます。日本人にとっても決して簡単ではない転職や起業は、外国人にとってはさらに困難で、「ビザ取得」「ネットワーク形成」「日本語の壁」などが絡み合い、最初の一歩を踏み出すことすら難しくなることがあります。
カウンセラーができること
外国人支援をするキャリアカウンセラーにとって大切なのは、すべての問題を解決することではなく、何に悩んでいるのかを丁寧に聞き出し、解決の方法を整理してあげることです。
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問題を整理する
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その課題は「自分で解決できるもの」なのか?
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「他者の力を借りるべきもの」なのか?
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必要な支援につなげる
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自分で解決できることは、方法を一緒に考え、行動に移せるようサポートする。
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自分で解決が難しいことは、適切な専門機関(行政窓口、法律相談、ビジネスサポート団体など)を紹介する。
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大切なのは、「手取り足取り助けること」ではなく、「必要な情報を伝え、自分で乗り越える力を引き出すこと」です。外国人の多くは、日本人に「助けてもらいたい」と思っているのではなく、「知識を得たい」「やり方を知りたい」と思っています。彼らは本当は自分の力で問題を乗り越えたいのです。それが自分の成長につながることを理解しているからです。
「自分ごと」として考えてみる
カウンセラーが相手の気持ちを理解するために有効なのが、「自分が海外で同じことをしようとしたらどうなるか?」と想像してみることです。
例えば、私がキャリアカウンセラーとしてベトナムで仕事をしたいと考えたとき、以下のような課題が出てくるでしょう。
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言語の壁:私のベトナム語レベルでキャリアカウンセリングができるのか?カウンセリングのベトナム語はどうやって学べばいいか。
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文化の壁:カウンセリングという仕事はベトナムでどう受け入れられているのか?
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制度の壁:会社を設立するにはどのような手続きが必要なのか?そもそも外国人がカウンセラーの仕事をするためのビザがあるのか?
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その他:どの不動産会社が安心して利用できるのか?銀行から融資を受けるにはどうすればいいのか?
日本にいる外国人も、相談の内容にかかわらず、共通してこうした不安を日々抱えています。しかし、彼らは決して「弱い存在」ではありません。むしろ、外国で働こうと決意した時点で、すでに大きな覚悟と行動力を持っています。
外国人支援のカギは「仲間」としての視点
結論として、キャリアカウンセラーが外国人を支援する際に大切なのは、「相手を弱者として見るのではなく、仲間として見ること」です。
「日本にいる外国人は、海外にいる自分自身」と考えてみると、共感しやすくなります。彼らは困っているわけではなく、挑戦しているのです。その挑戦をサポートし、道筋を示すのがキャリアカウンセラーの役割です。
私たちができることは、「こうすればいいよ」とアドバイスをすることではなく、「どんな方法があるか一緒に考えてみよう」と寄り添うこと。それが、外国人の自分自身が持っている可能性をさらに広げ、前に進む勇気を与える支援のあり方になるのではないでしょうか。